小さい頃、ずっと親の顔色を見て生きていました
怒ってないかな?
機嫌、悪くないかな?
私が何か悪いことしたのかな?
そんなふうに、
毎日“空気”を読んで、ビクビクしながら過ごしていました。
本音なんて、言えるはずもなくて。
気をつかって「いい子」でいようとすることが、
いつの間にか、私の生き方になっていたんです。
「いい子」は、心がずっと苦しいということ
大人になって、やっと気づきました。
「私、ずっと我慢してきたんだな」って。
・本当はやりたくないのに、断れない
・疲れてても、無理して笑ってしまう
・泣きたくても、涙を飲みこんでしまう
こうした反応は、すべて
“あの頃”に身につけた生きるクセでした。
自分の気持ちを出したら、
誰かに迷惑がかかる気がして。
だから私はずっと、
「迷惑をかけない自分」になることで、愛されようとしていたんです。
でも、私には今、子どもがいます
ふと、子どもの顔を見ていて思うんです。
「この子には、同じ思いをさせたくない」って。
顔色を見ながらビクビク生きるんじゃなくて、
自分の気持ちをちゃんと表現できる子に育ってほしい。
自分を信じられる子に育ってほしい。
だから私は、決めました。
私の代で、“そのルール”を終わらせる
「泣いちゃダメ」じゃなくて、
「泣いてもいいよ」
「ちゃんとしなさい」じゃなくて、
「どうしたい?」って聞いてみる
完璧にはできないけれど、
“わかろうとする子育て”に、少しずつ変えていきました。
それは、私自身が子ども時代にしてもらいたかったことでもあります。
親に言えなかったことを、今、子どもに伝えています
・「ママも間違えること、あるよ」
・「疲れたときは、休んでいいんだよ」
・「あなたの気持ち、ちゃんと聴きたいと思ってるよ」
そんな言葉を、少しずつでも伝えていくことで、
子どもが安心するだけでなく、私自身の心も少しずつ癒されていきました。
顔色を見て生きた私だからこそ、できる子育てがある
あの頃、私が言ってほしかった言葉を、
今、わが子に渡していく。
それは、
子どもを育てながら、自分自身も包みなおしていく時間でした。
あなたにも、こんな想いがありませんか?
・「私が苦しかったことを、子どもには引き継ぎたくない」
・「もっと安心して、自分らしく生きてほしい」
その気持ちがあるなら、もう十分。
あなたの子育ては、ちゃんと“愛”であふれています。
あなたの中に眠っていた“本音”が、
今、子どもとの時間の中で、やさしく解き放たれていきますように。

